たばら社会保険労務士事務所

代表社会保険労務士

田原 聡史

 

電話番号

080-6387-5362

 

メールアドレス

sr.tabara@gmail.com

 

 

代表社会保険労務士 田原聡史


プロフィール


はじめまして、たばら社会保険労務士事務所代表の田原聡史と申します。

 

私は、生まれは岡山県倉敷市で、育ちは山口県柳井市です。大学時代は徳島県で過ごし、その後愛媛県で就職、大阪府、広島県で働いてまいりました。気づけば生まれた岡山県から数えて6県に渡り住み替えがありました。現在は広島で独立し、広島県が一番住みやすいと感じています。

 

さて、私は大学時代から社会保険労務士を目指していた訳ではありません。当初は、環境を守る仕事がしたいと考えていて、大学の研究室では微量分析化学を専攻したほどでした。さらに進学して大学院で研究を重ねるうちに、果たして自分が希望することは研究なのだろうかと考え、大学院を中退し一時はフリーの生活をしていたこともありました。

 

その後、26歳の時に転機が訪れました。他でもない我が弟と、それぞれの将来設計について熱く語る機会に恵まれたことです。実家が裕福ではなかったため、弟は「お金では絶対不幸になりたくない」という思いで税理士を目指していました。そんな弟から「将来一緒に仕事ができるように社会保険労務士を目指してはどうか」とすすめられたのです。恥ずかしながら、初めてこの時に社会保険労務士のことを知りました。

 


気づけば、社会保険労務士という仕事を真剣に検討している自分がいました。

社会保険労務士の仕事で一番初めに興味をもったことは「年次有給休暇」でした。その頃ビデオ店で働いており、パートでしたがフルタイムで働いているのに全く有給休暇がありませんでした。社会保険労務士の参考書には、週1日でも働けば付与されると書いてあるのに・・・。今まで信じて働いてきた世の中は、法律と違うことがたくさんあることに気づくきっかけになりました。

 

弟のいる愛媛県に移った私は、社会保険労務士資格を取得するために資格学校に通い学びをスタートしました。さらに、実務の経験を積むために社会保険労務士事務所に入社しました。思えばこの勉強と仕事に追われる日々がそれまでの人生で一番辛かったです。仕事が17時に終わってから、毎日21時まで予備校で勉強。土日も返上で朝9時から21時まで予備校で勉強し続けました。この生活を1日も休むことなく10か月続けて、社会保険労務士に1発で合格することができました。受験勉強期間は本当に辛くて泣きそうになったこともありましたが、結果が出せたことに安堵しました。今思えば背水の陣で臨んでいたように思います。

 

2年間愛媛県で働いた後、更に経験を積むために大阪府の社会保険労務士法人へ転職しました。規模の違う事務所や法人で働くことで、多くの知見を得た後、住み慣れた中国地方に戻ってまいりました。広島県に来てからは、企業に属して会社組織についても学びたいと考え、社会保険労務士の資格も活かせる人事採用の仕事に就きました。「組織」について学ぶことがとても多く、例えば企画案や費用請求はすぐに決裁されるのではなく、稟議書を提出し会議を通じてやっと裁決されるなど、一般企業のいろはを理解することができました。また、採用業務では新卒採用を中心に、パート採用や中途採用についていちから実務経験を積むことができました。

 

これらの多くの経験と知見をもとに、ついに社会保険労務士として独立に至りました。

 

自社と同じ方向性の考えを持つ社員のいる会社を増やしたい!

会社の思いをしっかり浸透させた会社をつくりたい!

 

こんなことを強く考えるようになりました。

 

どんなに社長が先頭に立って陣頭指揮をとっても、肝心の働く社員の気持ちがついてこなければ、結果(売上)にはつながりません。私は自らの就職経験や採用経験、人事・労務経験から、会社を発展させていくためには、いかに会社に合った人材を採用することが大切か、そして会社と社員の思いのズレを減らすことが大切かを学びました。この経験をもっと多くの会社に役立てることができれば。これ以上の社会貢献はないと考え社会保険労務士としての独立を決意した次第です。

  

当社で大切にしているのは「誠実な対応・即レス対応・嘘をつかない」ことです。

この思いをいつまでも忘れず引き続き頑張っていきます。

 

これからも多くの素敵な方々に出会い、少しでも事業のお役に立てるよう精進して参ります。

こんな私とたばら社会保険労務士事務所ですが、末永くよろしくお願い申し上げます。